2015年6月25日木曜日

この行為と、出会いと、後悔から、決して忘れないようにしよう、と刻印したこと。

2015年 6月6日 土曜日 
僕たちの活動を陰で支えてくれる、禅宗のお坊様に、ウズラさん達の葬儀をしていただき、予定を早めその日の深夜、畑で火葬。

骨灰を少量、白いバルーンに詰め、夜空に4つ解き放った。
撮影失敗。完全なる自己満足に終わった。

白い風船が夜空に消えていく様は、視覚的に僕たちを慰めてくれた。バルーン葬、、わるくない。

この日は、初個展に向けて、そのリハーサルとして岐阜の倉庫内でプレ初個展を行った日だった。

このような結果にならなければ、4匹が誕生したギャラリー内で、初個展の開催中に産卵も可能なはずだった。

いつかは死んでしまう日が来ることは確かだったけど、

こんなにも早く、世界は生命にとって残酷な場所だということを、つきつけられた。

生命にとって残酷な場所? 生命でないモノとは何だろう?

例えば、皮1枚で隔てられるミミズと土の関係などは不思議でたまらない。

土にとっては、ミミズの皮の内側が「この世」で、外側が「あの世」みたいな感じだろうか?

ただ入れ替わっているだけのようなのだが、、、

ミミズっていったい何者だ???


葬儀。この世と、あの世を、隔てる。

読経。境界の呪文。

境界。この世とあの世の、世界のはざま。

葬儀、読経、ミミズの皮、卵の殻、産卵、、、、、


「世界のはざま」までは、意識の中で、誰でもいつでも行くことが出来る。

これは、まるで、祈りみたいだ。


昨日、怒涛の時を過ごした、初個展を終えた。

少し走りすぎていたみたいだ。

この個展内の一作品として、映像、卵殻記念碑、ブログ、を真っ白に塗装した仏壇に展示し、
「イシュワラ」と題するインスタレーション作品として発表した。

もっともっともっともっと丁寧に、この作品を展示するべきだった。

それは、他の作品にも言えることだった。

ぼくが、この行為と、出会いと、後悔から、決して忘れないようにしようと刻印したことは、

「作品は、命が誕生する直前の卵のように、細心の注意を払って、構築し展示せねばならない」

ということ。

これからは、ひとつひとつ、ゆっくりでもかまわないから、丁寧に、丁寧に、創っていこうと思う。




「イシュワラ」

 
※この動画は、LINEグループで呼びかけ、
グループ展の参加作家たちが携帯で撮影してくれていたた動画、画像を収集し編集した。
 

 
 
※元極真空手の暴れん坊主様。
5年間の禅寺修行の後、世俗に戻り社会活動等を行っておられる。




このような機会を、どうも有難うございました。
 
 
 
 
 
~完~
 
「世界のはざま」より
 
 
 


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